【赤池】 2011年1月、ハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授が、CSV(Creating Shared Value)というこれからの持続可能な企業経営についてのキーワードを提言されました。これまでの植林を含めた森造りといいますと、CSR事業という形で位置づけられ、事実色々な水源の森の活動を含めて多くの企業が参画してこられました。一方、CSVは公益を満たすと同時に事業益も満たしていく、それを両立させていく開発投資こそがこれからの持続可能な企業経営にとっては重要だという点、これがCSVの一番の根幹だと思っています。そう考えてみると、森造りとか木づかいというのは、まさにCSVのシンボル的な企業活動に結びついていくのではないかとの問題意識を持っております。限られた時間のパネルディスカッションですが、是非4名の皆さんには、民間企業の連携参画によってチャーミングかつビジネスとしても成立する、森造りと木づかいをどのように展開できるか、具体的な事例やご提言を是非ご紹介いただきたいと思っています。それでは、まず口火を古田さんに切っていただきたいと思います。国際的な活動も含め、具体的にどういう活動に取り組んでおられるのか、また、その中でこういうアクションはもっとエンカレッジして注目すべきではないか、といった具体事例のお話を頂戴できますでしょうか。
【古田】 生物多様性民間参画パートナーシップのアンケートなどの事例をみておりますと、先の概要報告で申し上げましたように、森林の活動が多いわけです。森林の活動も、植林だけでなく、森林管理や森林を使った環境教育とか認証材等、持続可能な利用につながるものまでいろいろあるわけです。世界的な視野から、生物多様性の観点から見ますと、生物多様性の損失の一番大きな原因というのが生態系の破壊、ハビタットの損失です。特に森林から農地への転換というのが大きな問題になっているという、これは間違いないわけです。一方、日本に限って見ますと、事態は逆でありまして、むしろ日本では森林をうまく活用していくということが非常に今重要になっています。つまり、日本の中で森林をうまく持続可能な形で利用していくということが、海外での森林の需要のプレッシャーの軽減、すなわち生物多様性の損失に対するプレッシャーの軽減につながっていくと非常に強く思いました。生物多様性条約の中でも、特に途上国で生物多様性を保全して行くためにどういう方法が必要なのかということが議論されていますが、最終的にはお金の問題になりがちです。そこで「途上国が先進国にお金をだしてくれ」といっても、実現は難しい面もあります。するとどういう風に議論が展開するかというと、よりマーケットの力をうまく利用していこうという話になり、その中で認証材の話などがでてきます。また、生物多様性にとって有害な、補助金などの「インセンティブ」や「政策」をどう変えていくかということも、特に条約の中で大きな話題になっています。そういったことが、先程、の林野庁さん、他の方々の発表の内容と密接に結びついている部分があるのではないかと感じながら、講演を聞かせていただきました。
【赤池】 米田さんも、震災被災地の復興を含めて、色々な企業連携をプロデュースされておられると思います。そこで、こんな企業がこんな問題意識、こんな戦略でコミットしているといった、具体事例のお話を頂戴できないでしょうか。
【米田】 例えば、JAPICの委員会メンバーの大建工業は、釜石・遠野のスギを使って「東北応援フロアー」を作っています。遠野、釜石、大槌の上閉伊地域では、地域の木材を活用して、合板は宮古のセイホク株式会社で、製材は遠野の木工団地で、残った材は釜石製鐵所の石炭火力発電所の木屑混焼へと、地域内でのカスケイド利用を進めています。その地域の木材で、新しい製品開発をして、「開発した製品を復興住宅に役立ててもらおう」さらには、「地元にたくさんお金が回るようにしよう」という取り組みがあります。
また、「杉をどうやって使っていくか」が課題となっていますが、中国木材では、ハイブリットビームという、中身に国産の杉を使い、まわりは堅い外材を使う方法で、国産材を利用した集成材を作っています。また、ツーバイフォー建築ですと建材の多くはアメリカ、カナダから来ますが、大東建託では割高だけど国産材を使おう、という取り組みをしています。ただ、割高な国産材を、どうやって日本のツーバイフォーに使っていくかという中で、新しい建材を開発するなどいろいろ工夫して取り組んでいます。具体的には、山から出してきた材は3メートルで切りますが、ツーバイフォーは2.4メートルなので、このままでは60センチあまってしまいます。余ったものを、色々な加工を施して使おうとしています。しかし、JASの規定では、例えば6ミリより広い木目は仕様規定でひっかかる、認定まで時間がかかりすぎるなど、新技術の適用が容易でない面があります。そこで、性能規定の併用を進めることや、審査の迅速化などをJAPICは政府に提言しています。
このように、企業の側では杉の弱さをカバーするような技術的な面からのアプローチも行っていますし、一方で、国の規制を緩和していただきたいというような政策面でのアプローチも行っています。従来は、日本の技術力や工業力はなかなか森林には向かわなかったわけですが、今まさに色々な企業の方達が、自分たちの技術力を森林に向けておられて、新しい開発がどんどんなされているのです。林業機械もここのところ普及してきましたし、機械メーカーさんも日本の山にあった林業機械の開発などを一生懸命やっていらっしゃるわけで、いい傾向になってきたのではないかと思います。
【赤池】 木材や建材など、住宅以外の工業建築の木質化の話がありましたが、地域のゼネコンやデベロッパーのティピカルな動きもお感じになっておられますか。
【米田】 地域の建設業の中には林建協働を行っているものいます。林業基盤としてこれから作業道が必要になっている時に、建設業の方では、公共事業の減少で人が余っているのです。林業機械は元々建設機械を転用したもの、つまりアタッチメントを換えたものが多いですから、操作性にも共通の面があります。そこで、建設業の方が、森林組合の方と一緒になって道を作り、機械化を進め、そこから搬出した木材は、建設業の方が今度はユーザーとして、自分達で使っていこうとしています。林建協働で一緒に森林復活しようと一生懸命です。異業種とのコラボで実際にいい効果や実例がどんどん産まれている時代ではないかと思っています。
【赤池】 木材利用システム研究会に興味があるのですが、木材産業連絡協議会の会員企業はどういう思いと事業観で参画しておられるのか、ご紹介いただければと思います。
【井上】 木材産業連絡協議会は、木材産業システム研究会の中にございまして、研究会の企業会員の方を中心に活動しています。今年は全体会合を1月と9月の2回開催しました。月例研究会やWBC (Wood Based Communication)のテーマについて意見を出し合ったり、最新トピックスについて情報共有できる場となっています。また、WBCは会員企業の持ち回りで開催しています。これは、若手の方が、これからの木材需要拡大について、会社や業界の垣根を超えて議論する場になっており、その議論は有効にそれぞれの業務にフィードバックして戴いています。また、毎月開催している月例研究会が少し学術的な話に偏りがちですので、それを理解していただくための基礎講座としての研修会でもあります。
【赤池】 今、お三方のお話を伺いまして、2点程林業行政について興味があることがあります。1点目は炭素固定について、温暖化対策税も戦略的に林業施策に展開するような流れが組めているのかということ。2点目は、木材のエコポイント化、これは川下のインセンティブという意味ではすごく大きなインパクトがあるだろうと思っているのですが、実現の可能性などを含めて、末松さんに率直なお話をお聞きしたいと思います。
【末松】 どちらの話もこれから、政府部内の議論を要することなので、あくまで個人的な考えになりますが、木材が割高という話を解決しないとダメだと思います。「根本的に割高」という話であれば解決は出来ないのですが、先程、お話しあったように切り方の問題や流通の問題など、色々なところで改善していけるのではないかと思っています。色々な取り組み、チャレンジをきちんとやっていくということだと思います。チャレンジの必要性があって、簡単に実現出来ないことについては、国も支援していくということが必要だと思っています。やってみてわかることはいっぱいあります。例えば、先程、ご説明した木質バイオマス発電所も、山から木を下ろすと水分が高いので、まず乾燥させてそれから発電するという仕組みにしたそうなのですが、やってみたら暫く寝かせておくだけで十分で、乾燥炉は別にいらないのではないかということです。もし、そうだとすれば次の施設は安くなります。また、マイナスの方は出来た灰は近隣の農家に売ろうと思っていたら、灰はセシウムの影響で売ることは一切できないので、その分処理費用が増えたとかです。色々なことがあるのでやってみて、行政が直して行くところがわかれば、それを直していくということをどんどんやっていくことが大切だと思っています。
林建協働の話を米田先生から伺いましたが、先日も岐阜の方が来られて、建設業の方で林建共同にいろいろ取り組まれると、実際に作業する人が町の現場より山の現場の方がいい、と話すようになるという話を聞いて、森の効果が作業する人達にもプラスになるようなことが得られる、いいことではないかと思っています。そういうことを進める中で、国としては木材を色々な所で使ってもらおうと、自動車とか家電製品でやったような対策を導入しようというように思っています。木を使うことによって良いことがある、それが当たり前になったら必要ないのですが、今はそれに気付いてもらうことです。良いことがあるという中に、ポイントがもらえるというよくある話ですが、そういう政策で誘導できないかと思っています。
今考えていますのは住宅や木質の内装、家具、ペレットストーブなどです。何処まで出来るか、予算がどれだけかかるかということについて、政府部内で議論をしています。今の森林の状況からすると、こうした施策の全体的な必要性は理解していただいているのですが、財政事情の中で、どういうことをやっていくか、議論している状況です。
もう一つ、炭素固定をするという重要性というのはCOPの中でもまた議論されました。これから次の地球温暖化対策を世界中で議論する中で、炭素を固定していくということ、それから森林の吸収源は大切だということは世界の共通の理解になり、日本がやっているような森林吸収源対策というのは世界の中でも重要だということがオーソライズされました。それを推進する為の措置、財政的に支えていくような仕組みは出来ないかということも政府の中で議論しています。こうした取り組みは、林野庁や財務省が短い時間で議論して決められる話ではないので、ぜひ多くの方々が議論していただいて、どういうことをしていくべきかということのご意見いただければと思っています。
【赤池】 最後の木材のエコポイント化について、井上先生にもお聞きしたいと思います。国産材利用推進施策については、語り方次第ではWTOにも抵触してしまう恐れもあります。先程のご発案の中で、木材を使っていく市場そのものをまず作っていくのが重要だとお話をされていましたけど、国産材をエコポイントでどんどん活用させる施策や、外材との軋轢の問題について、どのように捉えられていますか。
【井上】 「これから国産材を使っていかなくてはならない」……私は森林林業再生プランの座長をしているぐらいですから、当然のことながら、国産材の使用比率を向上させることは重要と思います。一方では、外材も含め、木材の需要そのものが拡大されることが重要だと思います。木材の需要が縮小して、国産材比率が上がっても意味がないのです。
さて、どのような分野で木材の需要拡大の可能性があるのでしょうか。例えば、住宅分野では、戸建てでは90%以上木造なのですから、木造を増やせる余地は少ないと言えます。戸建て以外の集合住宅で木造率アップの可能性があります。あるいは、非住宅分野の一般建築と公共建築でも木造拡大の可能性が大いにあります。当然のことながら、何でもかんでも木造にしろというわけではありません。「東京都庁を木造で建てろ」なんて無理な話だと思いますから、低層ということになるでしょう。これが「公共建築物における木材利用促進法」の目指すところです。
この法律に基づき、様々な分野で、木材利用に対するインセンティブが設定されようとしています。私たちにとっては歓迎すべきです。一方、これらの補助金はいつまでも続くわけではないので、その間に、消費者が自ら木材を選択して戴けるような状況を構築しなければなりません。難しいことではないと思うのです。例えば、何故、戸建て住宅の90%以上が「木造」なのでしょうか。やはり価格競争力があるからです。集合住宅や非住宅などの中規模、大規模建築でも、価格競争力が認められれば「木造」が選択されるはずです。また、「国産材」を使うことの優位性が評価される状況が確立されれば「国産材」が選択されるでしょう。
【赤池】 合板はまさにビジネスモデルが代わって、国産材に徐々に転換してきた流れがあります。さらにこれから、どういう領域に可能性がありますか。
【井上】 合板は国産材転換事例の優等生だと思います。合板は、皆さんご存じのように、以前は、東南アジアから太い丸太を持ってきて海にプカプカ浮かべておいて、ロータリーレースでクルッとかつらむきにした薄い板を貼り合わせて作っていました。1970年代頃までの、日本が東南アジアの環境破壊の張本人だと言われた時代のことです。やがて、東南アジアの丸太は輸出規制などによって使えなくなり、日本の合板業界は他地域からの丸太にシフトしなければならなくなり、丸太の経もドンドン小さいものになりました。すなわち、日本の合板業界は原木丸太の調達におけるシステム改革や製造における技術開発を伴う原料シフトを既に経験していたのです。この経緯があったために、国産材にシフトしなさいと言われた時、迅速に対応できたのです。
【赤池】 外材を含めて木材を使う市場形成こそが重要だという井上先生のお考えですが、米田さんはどんな考えをお持ちですか。
【米田】 現在、国内で利用される木材の約3/4が外材なので、その外材をどう国産材と置き換えていくかというところの努力がとても大事だと思います。国産材にはポテンシャルもあるし、十分な資源もあるので、外材を国産材に置き換えて行く仕組みをどう作っていくかが、今一番注力しなければいけないと思います。井上先生のおっしゃった、中規模・大規模の建築のマーケットについては、例えば大手ゼネコンの竹中工務店さんは耐火の燃えにくい木材でのエコプロダクツ大賞をとっておられます。こうした商品も開発されていますので、日本の技術力でカバーできる分野が相当あります。国産材の利用に企業のみんながやっと目を向けているというところが大事なのではと思います。また、もし利用拡大というのであれば、建築もさることながら、土木分野での利用例もあります。飛島建設さんが一生懸命やられていますが、木杭、ガードレール、土留め、遮音壁、型枠など色々なところに木を使えるので、土木の分野でも、もっと木材を使って行こう、400万立米を目指そうという運動も起こっています。今まで、そういう現場でうまく木材を使えないのは、工事の仕様書の方に木を使うという項目があまり載ってないからです。そこで木を使えるようにしていただければ、性能的には十分に使えるものがたくさんあります。そういうところも掘り起こしていけばいいと思います。いずれにしてもやはり一番注力すべきは外材を国産材に置き換える努力だと思っています。
【赤池】 外材の調達・供給を含めて、国際自然保護連合の立場から、生物多様性にも配慮した上でどの様に商流を設計したらいいかについて、古田さんからもお考えをお聞かせいただければと思います。
【古田】 生物多様性条約には3つの目的があります。一つ目は「生物多様性の保全」ですが、二つ目は「持続可能な利用」です。この持続可能な目標が、三つ目の目標の「生ずる利益の公正で衡平な配分」と共に生物多様性保全と一緒になっているのが生物多様性条約の素晴らしいところだと思っております。そういう意味で今日のパネルディスカッション、シンポジウムで議論になっておりますのが、まさにこの「持続可能な利用」の部分じゃないかと思うのです。私は、持続可能な利用がどのように生物多様性の保全に貢献できるか、という観点で見ています。世界的には森林の減少は問題ですが、日本ではむしろ森林を使う事が重要です。日本で日本の木材を使うことによって、世界の他の地域における木材、森林に対する圧力を減らすことができれば、世界的に見た場合で、生物多様性の保全に貢献できる非常におもしろい方法、やり方ではないかと思います。
もう一つ、最近生物多様性に、FSC認証というのが発達してきておりまして、こういったものをうまく使っていく。こういった認証の仕組みと、補助金であるとか、税制の部分を活用していくことによって、国産材の日本における利用の拡大促進が、世界の生物多様性の保全につながるストーリーを描くことは十分可能なのではないかと感じました。
【赤池】 再び、末松さんにお伺いします。木材の利用促進、木材のエコポイント、非常に素晴らしいと思うのですが、末松さんは、バイオマスから食料自給率の向上まで色々起草されてきた方なので、もっとこういった施策を検討すべきではないかというお考えを、思いも含めてご提言いただきたいと思います。
【末松】 先程、米田さんのお話で、土木分野で400万立米というお話がさりげなく出ましたが、400万立米といえばものすごく大きな量です。しかし、可能性があると思っています。土木分野では、昔は木材を使っていたわけです。他の物の方が便利で使わなくなくなってきたけど、技術力の向上により、木材でも同じように使えるようになってきたので使おうということだと思います。そういう分野が多くでてきたのではないかと思います。土木で400万立米というものすごいニーズがあり、それから発電では何百万立米とかある、と、それに全部頼るわけではなくて、例えば、木目のきれいな柱など良いものは良い(と評価される社会づくりなど)と、中心のことをやりながら幅広く見ていくことが、これから大切なのではないかと思います。選挙のポスターを貼る看板、昔は木製だったのがどんどん変わってきて、どうにかならないかと思っていたら、秋田県は、木製で国内の杉で作った合板でかまわないじゃないかと判断した。そこで作ってみたら問題なくうまく行くことがわかって、また木製に戻りつつあるというような話がありました。必ず定期的に選挙はありますので、選挙の看板はもっと木を使ってもらおうと、今から準備をしようと思っています。選挙ポスター用看板に木材を採用した地域は、担当の選挙管理委員会の中にとても意識の高い方がいて頑張ってくださったのだと思います。まだ地域差がものすごくあるので、これから分析して一つ一つやっていけばと思っています。もう一つ考えておりますのは、ポイント制度や色々な政策で需要拡大支援をしていきたいと思っています。国産木材にはみなさんが「高くても使うのがいい」と、考えていただけるだけの価値があると思うので、その気持ちをどうやって盛り上げていくのか、盛り立てていくかが一番大切な気がします。具体的にお話をすると、木の家を建てて本当に良かったという話はいっぱいあるのですが、どうしても他の方に良さが伝わりにくい。国産木材の利用は、「自分の安心にもなるし、世界の自然環境とか、生物多様性の貢献にもなる。こういうやり方って良い。」というのをわかってもらうことの大切さがありながら、それがなかなか伝わらないもどかしさも感じています。色々な機会を通じてわかっていただくのが大切だと思いました。
【井上】 米田先生の方から土木の分野で木材をもっと利用していくべきとのお話がありました。その通りです。これから技術革新が進んでいく分野だと思います。
加えて、パレットなどの輸送用資材も木製化が進んで欲しい分野のひとつです。例えば、飲料メーカーは水を商っておられるわけで、水を生産してくれる森の大切さを主張したCSR活動をされています。ところが、使っておられるパレットはプラスチック製が主流です。これは衛生面での課題やリサイクルなどの理由もあるようですが、少し残念な気がします。水を守りたい、森を守りたいのであれば、木を使って戴かなければなりません。家具もそうですけど、輸送用資材などの分野でも、もっと木材を使えるようなシステムを作っていくべきではないかと考えています。
それからもう一つ、国産材の利用拡大について語るなら、輸出を忘れてはいけません。輸出を考えると必然的にマーケティングを重視せざるを得なくなります。それによって国産材の国内流通も機能的になり、活性化すると思います。
【赤池】 まさに井上先生に伺いたいと思っていたお話です。先程、フィンランドのランバー企業の日本の木材産業の脆弱性、という講演の話がありました。一つは日本の木の産業の脆弱性をどうとらえているか、次にご提言された国際競争力にそれをいかに転換していくべきなのか、改めてお考えを頂戴したいのですが。
【井上】 FLTの森川社長は、やはり「マーケティング」を指摘されています。マーケティングとは、簡単に言えば、買いたい人のニーズを捉えることです。“何が必要なのかをマーケティングして、そこに安定供給すれば、営業なんか必要ない”これがマーケティングの行き着く所だと思いますが、日本では、この発想が全くと言って良いほど欠落しているのではないでしょうか。もう一つの課題は、ファイナンスと経営に関する評価です。この面でも、日本の木材産業はあまりにも立ち後れているようです。
例えば、なぜ、IKEAは、スウェーデンで生産した本棚を東南アジアで価格競争力を持って売れるのでしょうか。スウェーデンの人件費は日本の1.5倍〜2倍です。これを考えていくと答えが見えてくるような気がしますがいかがでしょうか。
【赤池】 同じように米田さんに伺います。日本企業を見ての課題と、その解決策をお教えください。
【米田】 今、日本が木材を輸出しているのは台湾、韓国、中国ですが、やはり中国が一番大きな市場です。しかし、中国で日本の在来木造住宅を作ろうと思うと、構法が中国の建築基準に入っていないのです。かつて、日本にツーバイフォー住宅が入ってきた時、ツーバイフォーという構法が日本で認定されてから広まったのです。日本には素晴らしい在来木造の技術があるわけですから、そういうのが建てられるように中国のビルディングコードに対して、日本政府としてきちんと働きかけを行い、中国でも(日本の在来木造構造で)建てられるような一般構法にしていく働きかけをすればずいぶんとマーケットができるのではないかと思います。また内装材についてですが、これは赤池先生のお得意の分野だと思いますが、例えば、港区などは国産材利用について前向きな取り組みをされていますので、見て触ってすごくいいなと思ってもらえるような内装材の輸出を、国をあげてやっていく。こういった努力の中でマーケットを広げていくのがとても大事なことだと思います。
【赤池】 日本の住宅メーカーも建材メーカーも、中国で住宅を含めた再開発にビジネスとしてコミットしたいのですが、ダメ出しをくらうのはデザインです。中国人も木の価値はわかるし、環境性についても理解している。ただ、いまビジネスになるのはデザインです。そこでは日本の建材や住宅のデザインクオリティーをどう高めるかが重要です。中国のマーケットに「刺さる」提案を持って来てくれと言われますが、日本の企業では物作り戦略の中にデザイン戦略をきちんと位置づけてこなかったので、話がすれ違ってしまうというケースが多々あります。基調講演でいくつかの事例をお話ししましたが、やはり産地と立米と価格だけでは絶対ダメで、バリューを高めていく、つまり「デザイン」という切り口が、これからの木づかいには不可欠なのだと、改めて感じさせていただきました。
さて、古田さん。生物多様性というのは実は生物資源の持続的な利用であるとお話していただきました。企業の生物多様性についての取り組みのうち、182のうちの53が森林に関わる取り組みであるとのことでした。学べる木づかいと言いますが、木質資源の持続可能な利用で参考になるような企業の実践例はありますか。
【古田】 具体的な事例は申し上げられないのですが、日本企業の方と色々お話して強く感じる事の一つは、日本は製造業が多いものですから、企業としては生物多様性に対して取り組みたい場合でも、直接事業と繋がっていかないことに悩んでおられます。そこで、どういうふうに貢献したいかというと、やはり技術を通して貢献したいという方が多いです。
日本の企業で、森林を通じて生物多様性の問題に取り組んでいる企業は多いです。森林に親しみを持っていて、森林を守りたいという気持ちがみなさんの心の中のDNAに根付いているというのが日本人ではないかと思うのです。森に対して技術で貢献する、それが生物多様性にも、世界の生物多様性にも貢献するというストーリーがあれば、積極的にやっていこうと思う企業の方も非常に多いのではないかと思います。
【赤池】 先程、基調講演で蜜ロウワックスの話をしました。あの蜜ロウワックスは、三重県のメーカーの製品ですが、大手のハウスメーカーにも積極的に使っていただいています。このメーカーが、先程、会場に来られて、蜜ロウを実は水に溶かすことが出来るようになったよとサンプルを持って来ていただきました。おそらく、大手のビルダーとのつきあいを通じて、従来型の蜜ロウワックスだと建築現場で使いにくいと、というようなやりとりがあって、そこで特殊な技術開発で蜜ロウワックスを水の中に溶かそうと開発されたのだと思います。直感的な話ですが、この技術開発で現場での施工性が随分向上するはずです。このように、やはり木づかいを促すためのデザイン開発と技術開発はすごく大切だと思うのです。
そこで末松さんにお伺いします。林業施策の中でご紹介のあったカーボン70も、ややマーケットには遠い中長期の話ですよね。もっと現実の市場形成に資する技術とかデザインの促進活性化施策はお考えになっておられるのですか。
【末松】 地域で色々な取り組みがあって、今日も住宅メーカー、機器メーカー、内装メーカーの方々がある地域と一緒に取り組みを進めているという話を聞きました。すごくいい木があるけど、それが普通のごつごつした机と椅子では誰も買ってくれない。いい素材とデザインが結びつくと本当に売れるものになる。こうした事例がいま各地でいくつも起きているような気がします。今後の課題だと思うのですが、小さな点が全国の市場にどうやって出て行くのかという問題が、上手く解決できていない。例えば、良いものだとわかっていても、10個しか出来ない、100個しか出来ないという問題がある。良いものが、1万個、10万個できるという話であれば、そこに投資が入ってまわっていくと思いますが、なかなかそうはいかない問題があります。いい物はきら星のごとくにあるのですが、うまく消費者と結びつけていくのかが課題です。良いものを上手に束ねて、都会の人達、消費者さんにわかってもらう事が大切ではないかと思います。それから、先程、中国の建築基準の話がでましたが、外国との関係は何年もかかるお話です。既に3年程前から中国との話し合いは行っておりまして、ようやく日本の杉や檜についても認めてもらい、間もなくパブリックコメントとかそういう段取りになっていくと思っています。この間、中国の林業技術員と日本の関係者が技術協力や機器の協力をしたという経緯もありまして、とても熱心に中国国内で段取りをしてくれました。若干、日程が後ろだしになっていますが、動いているという実感があります。ただ、国家間の話は何年もかかります。3年後に何が必要ということを見据えて我々はその交渉をしなければいけません。やれと言われてすぐ出来るという話は、国家間ではありませんが、建築基準法についてはまもなく上手くいくと思います。次に何が必要かということは常に先を見越して取り組んでいきたいと思います。もう一つ海外について、先程、カナダのツーバイフォーのお話については、我々は本当に反省しなければいけないことがあります。日本人は木造軸組工法という名前を知らない人はいっぱいいても、ツーバイフォーはみんな知っています。カナダの人達、アメリカの人達は、そこに官民でものすごいお金をかけています。いま中国にツーバイフォーを周知するということで、確か30億とか州と政府と木材の団体とがお金をかけて広報しています。そこでわが国でも対外的な広報を行う取組みに理解をいただきたいと思います。どうしても広報というと、そんなうわついたものに貴重な税金を使うなと、直接農業者、林業者に届く金こそ大切だと言われてしまいます。極めて個人的な意見ですが、この流れには反対です。実際に林業をされる方や企業の方は、自社の製品からお金をとってもらうのであって、国のお金はその環境を整備をする方にまわすのが正しいのではないかと思います。最近では、広報の経費や土台作りの経費は仕分けられてなくなってしまうのが現状であります。しかしながら予算を見て、それが本当の意味でどういうことが無駄でどういうことが大切なのかということを色々な目で見ていただければと思います。
【赤池】 最後に、米田さん、井上さん、古田さんの順でこのシンポジウムをまとめるご提言をお願いします。
【米田】 今まで木材産業に御縁の遠かった業種の方も、木の良さを再確認して事業に組み込んでいただく事が必要だと思います。例えば、大手ゼネコンはずっと鉄とコンクリートの材料を多用されてきましたが、最近では木造にも関心を持っていただいています。こうした企業と一流のアーキテクトに、木材を使った建築や素敵な木質の内装を作っていただいて、世界の人にチャーミングだと思っていただけると良いですね。この他にも、色々な業種の連携を加速して、「ジャパンフラッグ」で日本の木をもっと世界的に発信していけたらいいと思っています。
【井上】 広報に関して末松部長のお話がありましたが、私は事後の施策評価が足りないのではないかと思っています。それぞれの取り組みの効果をきちんと評価して戴き、効果のある広報にお金を使っていただきたいと思います。一つ例を挙げると、専門用語であるはずの「間伐材」なんて言葉を国民の9割以上の方が知っておられます。これは木づかい運動の成果の一つだと思います。木づかい運動あるいは木育を通じた広報活動の成果だと思います。
赤池座長が「デザイン」というキーワードを提案されました。今回のディスカッションを通じて、jこれを私なりに解釈しますと、木材利用については、「形」「構造」のデザインに加えて、「加工」「流通」「利用」を含めた「マーケティング」のデザインも重要であると強く感じました。今まさに、マーケティングを通じた木材利用拡大が必要なのだと思います。
【古田】 国産材の利用促進という課題自体は、私自身これまであまり詳しくは知らなかったわけですが、民間参画パートナーシップとフォレストパートナーズの連携ということがあって、その縁で今日参加させていただきました。生物多様性の保全の問題と、国産材の流通、利用促進が非常に密接に繋がっている問題だと改めて感じましたので、そういう視点から連携を深めさせていただければと思っております。
【赤池】 先程、末松さんの方から、木づかいのための小さな試みが日本全国で広まっているというお話がありました。私は、青森県の木工組合の事業者のみなさんと一緒にメディカルトーイの研究会をやっています。この研究会では地元の弘前大の医学部の先生達や、青森の保険医療大学の先生達と、障害をもった子供達が使える木工製品、あるいは知的障害をもった子供たちの、知育に資する地域材を使った木工製品を研究開発しています。これをメディカルトーイというブランドで、商標を押さえた上で地域材を使った新しい木工製品を作って行こうと具体的なワーキングを進めています。
国産材を建材としてビジネスで成立させるためには、工業製品としてもっとブラッシュアップしていく必要があると思います。一方、デザイナーの立場から考えると、もっと工芸品の世界で使っていける木の使い方が様々あるように思います。工芸品というのは伝統工芸品ばかりではなくて、例えばスカイツリーは日本の技術の粋を活かした巨大な工芸品です。そういう発想をもっていくと工業製品としての木材利用とは別に、付加価値の高い戦略的な工芸品の世界に展開する木づかいにも大きな可能性があるのではないかと思っています。エコポイントの問題も含めて、あるいは日本の森林木材利用の活性化も含めて、今日お話しいただいた内容は、現在進行形のテーマです。限られた時間の中でのこの議論が、今日お集まりのお客様の具体的な実践のアイデアやヒントに結びついていけばうれしく思います。
パネリストのみなさん本当にありがとうございました。ご静聴いただきました会場のみなさんにも感謝を申し上げます。